作詞:畠山凌雅 作曲:宮崎恵輔・畠山凌雅
高架下に響いた笑い声は 神様の孤独を汚していた 裏ぶられた画家は眉を潜めて 幾ばくかの才能を取り戻した 僕には関係ないことが 増えすぎたようだ 振り向けば ノスタルジア 風の香り 目眩 鈍い脳は 指令を出し損ねた 親友はいつも僕だった 親密な孤独が円になって 胸を焦がすような 憧れを追った いつだって綺麗だった ガラス玉は あの光を取り戻したいこの心は まだ間に合うだろうか 囁いた 夕べには付箋をして 黄色い服の 悲哀と目が合った そう いつだって君は待って 僕にせかすような目で語った 丸い地平 繋がっているって もう忘れようとしたって思い出せない 何にもない部屋に ひとつ残った歌 遠くなっていくよ 在りし日の僕ら 簡単に傷ついた ガラス玉 あの痛みを取り戻したいこの心は まだ間に合うだろうか 囁いた 最後と知っていれば 僕は泣いただろうか 永遠を知ったのは それが終わったときさ 少しの留保もなく燃える星を見た 少しの留保もなく燃える星たちが ああ見たことあるな あの日の破片かな まだ間に合うなら ああ色は同じだ 匂いも 音も風も同じだ 戻れない 焦がれない なにかを無くしてしまったんだ 今日も ああ終わってくな ああ 空の下 |
高架橋下迴盪的笑聲 好似那與我無關的事 要好的朋友向來是自己 追尋了使 於向晚與註記 想著努力去忘卻而未果則回想不起 漸行漸遠了 若知曉結尾 那毫無保留燃燒殆盡的星我看見了 呀我曾見 今天也 啊呀將要完結 |
翻譯小記:
靈機一動有了新的形式,一來比較好參閱,但主要原因來是我不用一句一句慢慢上色(呼~)
會想翻這首歌是被他們的歌唱能力所驚醒,可歌聲中透明具穿透性卻又空虛略帶遺憾和無奈的感覺,我很喜歡,一如這首歌。
歌詞講述孤獨的人懷念過往。
首段卻相反以"笑"帶出,
第二段講說"與我無關",事實上卻也並非與他無關,而是曾經有關,卻漸漸疏遠,所以才回憶起來的話,一切湧了上來。
"要好的朋友向來是自己/親密的孤獨畫成圓" 這句點出了主題。
其他不多作說明,而歌詞中的"玻璃珠",指的便是人的心,曾經因夢想而發光,後又提易傷。而這玻璃珠,從未忘記想要汲取過往的光芒,甚至後段還想憶回痛楚,也許想要表達的是,一件你很懷念的事就是最痛的回憶回想起來,也仍藏有幾分回甘,因為至少證明其曾經擁有過。
至於想有所挽回,卻是"內心"且"囁嚅",顯示筆者也對此事不抱太大希望。(但還是抱一絲希望,不肯放下。)
"想著努力去忘卻而未果則回想不起/空無一物的房間裡 徒留一曲"
"那毫無保留燃燒殆盡的星"說的就是他們過往的回憶與關係,最後一點都不剩,連焦痕(痛楚)也不剩,(雖然曾發亮發熱過但都沒了)。
光回憶起這些,就又過了一天,呆呆立在一無所有的天空下,自己的心靈亦若是。
(多少試著去押韻,有些地方可能為協韻所拗口,我再加油)
小介紹:
日本唱片公司,クリムゾン印刷製作的團,同公司的還有" BELLRING少女ハート "(久沒關注,我記得好像是會打扮成烏鴉的怪怪少女們吧...,唱功好像滿崩==,後來改名叫There There Theres)。
叫做"ヤなことそっとミュート",意思是充滿煩人事的日常,如果偷偷地惦惦地是解決不了的,所以不如用搖滾的方式唱出來。
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